この記事は番外編ですが、インドのヨガ聖者の指摘(後述)が正鵠を得ていて真理なら、
精神生命の心を尊く清くあらせるという意味でもこのサイトのなかで最も大事なページの一つと言ってもよいのかもしれません。

 

( この記事を執筆した経緯を簡単に紹介しますと・・・)

 

このサイトを執筆している私が潜在意識や集合無意識等を相当に研究をしていて
指導実績も、幾ばくかあるというので、私にメールで相談しようと思った・・というのがあったのかもしれないのですが・・

 

 

(要約すると 「 潜在意識を活用して不倫の恋を成就するなんてのは可能ですか? 」

 

という趣旨の質問をメールでいただいたことがありました。

 

で・・拝見した瞬間に(守備範囲外とは思ったものの)

 

この件について、10代の頃から幾ばくか研究し、自らも危ういと思い気を付けてきたというのもあったので
割と忙しい合間を縫って結構な文字数を使って、理由も含めてメールでお答えしました。

 

しかし、その後、質問者( 相談者 )からメールも来なかったので、そのまま放置状態になっています・・

 

 

ということで本題に入って結論から先に申しますと・・

 

猥雑な内容を扱っているサイトがインターネット空間に蔓延してるなかで
そういう価値観の方々にとっては
今回の記事は空気を読まない、とんだ石頭・・堅物の記事になってしまいますが

 

「 潜在意識を活用して不倫の恋を成就するなんてのは可能ですか? 」

 

 

というご相談( ご質問 )については

 

 

「 可能以前 」

 

 長年の研究から、そういう行為は原則に反するし心の奥の潜在意識を汚す行為にもなるので

 

「 ( 悪いことは言わんから )やめときなされ! 」

 

 

 

という見解になります。

 

 

 

尤も自分の人生。生き方は自由

 

「不倫してたっていいやないか!・・バレなきゃいい・・

 

責任と覚悟を持って生きていればいいんだ!

 

なのに、お前は何様のつもりで、そんなこと言うか!」

 

って返された場合は

 

別に私は何様でもない。
「 ( もちろん人それぞれの価値観があるのも認める )

 

私の自由は他者の自由を侵す場合があるから配慮が必要だけど
配慮を施した上で本心・良心に照らし魂を優れさせながら
自分が自分の人生を好きに生きるのは賛成。

 

だが、自分が配偶者の立場になって
代理想像をして、そうされたら嬉しいと思うか?
本心良心に照らし氣咎めしないか?」

 

 

少し頭冷やして冷静になったほうがよいんじゃないか?

 

 

 

という私からの返しの質問で

 

恐らくキレられて物別れ・・それまで・・
ってことになる可能性が高いと思いますが・・

 

 

 

 

何を根拠にそんなことが言えるか?という疑問に対しては

 

不倫は、道義的に駄目だからダメ
とかいう、そういうとこから述べるつもりはないです。

 

 

連綿と受け継がれて現代人の思想や文化に影響を与え続けている
仏教、儒教、キリスト教などの高等宗教の教えやインドの聖者のコメントなどから共通項を抽出し

 

事実を敷衍すると自然に湧出してわかってくる事実があるので、
そうお答えしてるということになります。

 

これから、その理由を詳しく述べていきますけど

 

 

世界史の視点から述べるなら

 

世界の文化や科学技術、思想に影響を現実に与え続けているキリスト教

 

この母体となったユダヤ教・・

 

 

このユダヤ教については、幾ばくか独自に研究した範囲で連想されることを述べるなら

 

・形あるものより形なき見えざる知恵を重んじる・・

 

・血脈に並々ならぬ関心が注がれておりストイックで教育熱心、きびしい律法

 

総じて競争に勝ち抜く優秀な子孫を産み育て
繁栄してゆく血脈を紡いでいくことをとても重視してる教え

 

というイメージと印象が強いです。

 

さらに事実(史実)にフォーカスしてみると

 

ユダヤ人は全世界で1200万人をこえてるかどうかくらいの少数派民族にも拘らず
選民思想を保持してるなどにより迫害されながらも
現在、世界経済にも只ならぬ影響を与えている事実が浮かび上がってきます。

 

尤も全てのユダヤ人が徳高く魂が優れて立派だったり、
経済などの実業分野で成功しているわけでもない。

 

民族ということでフォーカスしてもユダヤ人だって、民族的に様々な問題を抱えていて
迫害されてきたユダヤ人が現在はパレスチナ人を迫害している実態がある
というのも耳にしてまして恨みの連鎖と申したらよいのか、
パレスチナ人にとっては悲劇以外の何ものでもないっていう実態があるのも聞き及んでますが

 

 

とにかく事実(史実)にフォーカスし
実業や学術等の分野にスポットライトを当ててみると
実際に商い上手でもあり抜きん出てることを裏付ける実態がいくつも浮かび上がってきます。

 

 

この件について今現在・・21世紀の実社会で卓越しているという一例をあげれば

 

マネジメントの発明者であるピーター・ドラッカー氏もユダヤ人だし
Googleの創業者、フェイス・ブックの創業者も共にユダヤ系の方なのは周知の事実。
それ以外にも、ざっと思いつくものを挙げたら・・
DELL創業者、インテル創業者、スターバックスの創業者、アディダスやプーマの創業者も
ユダヤ系でして兄弟で創業しています。

 

 

映画業界とかもワーナー・ブラザース社の創業者もユダヤ人・・
ハリウッドの映画監督であるスティーブン・スピルバーグ氏もユダヤ系です。

 

女優( 俳優 )で抜きん出た成功しているユダヤ系の方も非常に多いのです。

 

卑近な例では映画ハリーポッターシリーズの主人公ハリー役のダニエル・ラドクリフ氏とか
ナタリー・ポートマン女史など

 

 

 

ユダヤ人( ユダヤ民族 )は経済分野のみならず思想、宗教、政治、文化、科学的発見や
純学問分野においても常に時代の先駆けにもなってる事実もあります。

 

世界史に与えたインパクトというのでは
キリスト教を創始したイエス・キリスト・・イエス・キリストがユダヤ人というのは歴史的事実ですよね。

 

キリストの教えは、当時の社会体制に合わない、秩序を乱すということで
当時のローマ帝国の権威にも、おもねって自己保身に走った当時のユダヤ社会の宗教的権威者(大祭司などの祭祀階級)、
有力者( 既得権益層 )に煙たがられ宗教的立場や位置を失うことを恐れた故なのか、
客観考証は、今後研究が進むと思いますが

 

歴史的事実ではっきりしていることは
キリストを純朴に信じる小集団に対し当時の権力者、有力者たちは異端者のレッテルを貼り
当時キリスト教を信じる小集団はカルト認定され、いわゆる「 異端集団 」だったということ・・

 

 

 

紀元1世紀の初期から4世紀頃にキリストを敬愛し純朴に信仰した生活を心がけていた人たちは、
( 言葉がよくないですが )きちがい集団とみなされ
敵視され、すさまじい迫害を受け続けました。( その名残がカタコンベでしょう )

 

ですが、にもかかわらず、その中でも生き残り、なんと驚くことに4世紀末にはローマ帝国の国教になり、
やがて世界に波及していきました。

 

ある意味、理解されるまでに400年もかかった・・・知識やテクノロジーが飛躍的に進化しても、
ヒトの内面や本能は、そうそう簡単に変わるものではない
表層的知性とは別次元の無垢で純朴な内的知性が拓かれておらず、霊性が暗かった・・純真無垢な霊性を涵養させるのは、簡単なようで難しい。
とても時間がかかると言うことも出来るのかもしれませんが・・

 

その教えは16世紀初頭に、大きくはカソリックやプロテスタントに分派し・・プロテスタントの中でも分派に分派を重ねて、
形骸化してはいます。
ですが、そうは言っても琵琶湖の1/4にも満たないガリラヤ湖畔周辺で2000年以上前に始まった、
あまりにも小さな精神復興運動・・・しかも、当時、この精神復興運動に参集していたのは
(こんなこと書くと怒られるかもしれませんけど)

 

魚も取れない漁師のペテロやストイックだが、あまり高い地位もない純朴なゼベダイの子のヤコブなど・・
吹けば飛ぶような集まり・・
それが、後にパウロが加わって世界に波及しキリストの信奉者は、今や約23億人にまで膨れあがっています。

 

尤もキリスト教徒が迫害のなかで勢力を拡大し、力を持つにつれ
教義上は、イエス・キリストは世の罪を背負ったということにはなっていてもキリストを十字架刑(磔刑)にしたユダヤ民族に対する嫌悪を抱く土壌が広がり
それが暗黙の反ユダヤ主義としてキリスト教国の多かったヨーロッパで噴出していった歴史があります。
そういうキリスト教西欧社会の風土のなかでキリストを極刑にしたユダヤ民族が、キリスト教社会の中で選民思想などとは別の理由で敵視の対象になっていきました。
そうしてベニスの商人などの文学作品に描かれるほどユダヤ嫌悪の雰囲気が蔓延していった歴史があります。

 

善いことしかしなかったキリストに酷いことしたユダヤ民族といった構図がつくられ
イエス・キリストはユダヤ民族から出た方なのに、なぜか世の中でよくないことがあったらユダヤ人が悪いせい・・みたいな雰囲気まで蔓延し
ユダヤ人はマタイ福音書27章25節で「キリストを十字架にかけた)血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」。ということを当時のユダヤ権力層、知識層、群衆までもが望み、そうした。
だからユダヤ人がキリストの十字架の血の責任をとることは当然だ!と未だに考えるキリスト教信徒もいると聞いたことがあります。
現代ですら、そう考える人が未だにいるくらいだから、当時のキリスト教西欧社会におけるユダヤ嫌悪は相当なものだったでしょう。

 

なんかあったら悪いのはユダヤ人・・戦争に負けドイツの国が貧乏になったのもユダヤ人のせい・・
陰謀論も相まって経済を含め世の中(ドイツ国内)が悪いのはユダヤ人のせい・・という雰囲気もあったとされており
そういう風土と構図のなかでドイツ民衆を扇動し、ひとつにまとめて大衆支配をしようとしたのがナチス・ドイツと言われています。
ナチス・ドイツは当時のドイツ国内に渦巻くユダヤ人への反感(の雰囲気)を利用し、社会学的には「ユダヤ人を内敵とし差別的に扱うことで」
ドイツ民衆を扇動し、ひとつにまとめようとしました。

 

そうして世論の支えもありヒトラー、ナチ・ドイツはユダヤ敵視政策、経済的に殺す(ユダヤ人のドイツ国内における職を奪う)政策等を次々と実行していきました。
しかし、そういう人非道の政策に対しドイツ国内のユダヤ系以外の住民や周りのキリスト教国は実に冷淡で愛がなく無関心、傍観者的態度だったとされており、そういう傍観者的態度が、世界史上、これほど悪辣なことはないとされているホロコーストに至る道筋を防ぐ防波堤になれなかった・・とも言われています。

 

 

 

さらにつっこむなら本当にイエス・キリストの精神を継承した国なら、あんなことはしないんじゃないか?
ってくらい阿漕で理不尽な奴隷売買や植民地支配をして先住民たちを虐待してきた史実が
ヨーロッパのキリスト教国の中にもあります。

 

( 私たちの住む日本だって歴史的にアイヌ民族や琉球民族を虐待してきた史実があるので、
強くは批判できない・・とも思っていますが )

 

ですが、西欧キリスト教国が、歴史的に、そういう深刻な問題を引き起こしてきた史実はあることを踏まえても・・

 

世界的に見たら世界人口の約1/3・・
3人に1人が何らかの形でユダヤ人であったイエス・キリストを敬愛し信奉している・・
という驚異的な統計事実、実態があります。

 

ですのでユダヤ人が世界史に与えたインパクトは、キリストという、たった一人の人物だけをピックアップしても
巨大なものがあるのは、否定しようもないでしょう。

 

 

さらに近代では、ヘーゲル哲学を援用し資本主義を真っ向から否定、批判した共産主義思想、理論を提示したマルクスもユダヤ人です。

 

( この思想の好き嫌いはさておき個人的には、資本主義という経済活動の形態も問題が多いとは思ってますけど、この共産主義理論は、マルクスが否定した各個人一人一人の霊性が高度に発達しないと、この思想と言いますかシステムは理想論で無理があり過ぎ・・
共産主義はなんでもかんでも平等と理想を謳いあげるが実態は、例えば、某国なんかは恐ろしいほどの階級社会で不平等。

 

別の視点から述べるならマルクスは人間の強欲やわがまま放題な不要残留本能心等を甘く見過ぎ・・
現段階でも現実的に無理だろう・・・・・弊害のほうが大きすぎる・・というのは実態を見ても明らか。

 

 

ですが、それを差し引いてもユダヤ人の一人であるマルクスの主義、主張が国を動かし
近世の世界史にインパクトを与えたのは間違いない事実でしょう )

 

 

 

科学の分野において俯瞰して観ても
ユダヤ民族は相対性理論を発見したアルバート・アインシュタイン博士や
現代のIT社会を支えるコンピュータの生みの親とされている
フォン・ノイマン博士らを輩出しています。

 

 

 

さらに細かく言えばフロイト博士もユダヤ人ですし

 

「嫌われる勇気」という本の出版で日本で一躍有名になったアドラー心理学の
アルフレッド・アドラー氏や実存分析という新たな心理手法を編み出したV・Eフランクル氏もユダヤ人です。

 

 

先に挙げた実業分野や科学、哲学、心理学などの分野は、そういう目で観たら、そう見える・・
というバイアスがかかる恐れがあるし

 

全てのユダヤ人が立派なわけでも
抜きん出てるわけでもない・・それに、この考えが偏っていくと優生思想につながっていき危ういというのも承知していますが

 

そういうのも賢明な読者は、ご了承いただいてるものとして述べることとし

 

 

科学的発見や純学問分野における卓越性を全体傾向として裏付ける
客観資料( 事実 )・・指標の一つとして
バイアスがかかりにくいノーベル賞にフォーカスするなら

 

ユダヤ人は世界の人口の僅か0.2%に過ぎず
統計的事実にフォーカスするとユダヤ人( ユダヤ系含む )の人口は
日本人の人口規模の10%以下という事実があります。

 

にも関わらずユダヤ系の方のノーベル賞の総受賞者数は日本人の受賞者数と比べて5倍以上

 

という事実から観て、これは異様な統計的実態と言わざるを得ません。

 

 

 

これはユダヤ民族と言うよりユダヤ系アメリカ人が凄いのだ・・
ノーベル賞を受賞したユダヤ系の方の中でも60%のユダヤ人がアメリカ国籍だ!
アメリカの教育によるものだろうという説もあります。

 

もちろん、教育は大事ですが、それだけとも言い切れない。

 

なぜなら人口900万人に満たないイスラエルは1948年に建国後
1948年以降で12人のノーベル賞受賞者を輩出していますから。

 

アジアの中で突出している日本人ですら人口1億2千万で
26人であるにもかかわらず・・です。

 

追記するなら2016年のイスラエルの出生率は3.11で
同年1.44だった日本の2倍以上です。

 

以上のようにクドクド述べてきましたが

 

私もユダヤ人( ユダヤ民族 )のことは、
全てのユダヤ人が立派なわけでも抜きんでているわけでもないというのは弁えた上で

 

それを差っ引いても全体傾向として豊かな発想力、創造性豊か・・
交渉上手で商いにも秀でてる方が多いし
独立心も強く心の強かさや少数精鋭的な突出した優秀さが目立つ方が多い
という事実があることから興味を持ち、

 

なんなんだこの民族は??‥と思い

 

瞑想を深めながら歴史的な史実を俯瞰し探索したことがあって

 

これが今回の質問の、より中核的な根拠になるところの答え

 

( 人間は好きに振舞える天与の自由意志が与えられてて
何をしようと、どう振舞おうと黄金律さえ侵害しなければ無難に生きられる・・
 ただし好きに振舞えるとは言え
静謐な心の状態だと聴きやすくなる本心・良心の囁きに心の耳を傾けず
不倫成就などの邪な欲に溺れ不道徳な行為に突っ走らせて原則に反し心の深いとこを更に汚すべきではない)

 

 

ってことの回答の理由を裏付ける骨子中の骨子の一つになるのですが

 

 

この特殊な民族の民族的なアイデンティに当たるファクターを言語以外のとこで探ろうと
その源流を辿りに辿っていくと現代から遡る事、おおよそ3000年以上前に
エジプト新王国の支配、隷属を脱出した
ユダヤ人グループにおいて民族的指導者になったモーセという人物に行き着きます。

 

( もちろん、こんなことは指摘するまでもない・・
世界史を、少しでもかじった方なら、ご存知の方も多いと思いますが・・ )

 

そのモーセが40日にわたる長期の断食を2回も為さっていた期間中に
入神状態になって高次の啓示を受けて定めたとされている
子々孫々の繁栄のために倫理的に腐敗した周辺民族の風習に従わないための
ユダヤ民族が守る10の約束事が提示され、そのなかの一つに

 

「 性的不道徳を避けなさい 」

 

という約束事が、事実として、きっちり定められているんです。
( 出エジプト記20章 )

 

これもバイブルのなかの旧約のほうを何回か読んだことがある方なら知ってることかと思いますが

 

ユダヤ民族の一人だったモーセという預言者( 先覚者 )の口を通して
民族的に警告されています。

 

 

このように今から3000年以上前ですら、腐敗した周辺民族の風土に染まらず
不幸、没落に陥らないように・・ということで
幸福、子々孫々の繁栄のルールとして定められて
この民族的警鐘はユダヤ人の民族的アイデンティティとなって
国家興亡史をこえ時代を越えて鳴り続けて

 

ユダヤ人の一人だったイエス・キリストの生き方・・具体的表現をするなら
見返りを求めない高純度の利他性、献身的かつ崇高な精神性を模範とし
それを見習おうとするキリスト教信徒たちにも強い影響を与えました。

 

その教えの中には、(性欲の奴隷にならぬよう)
実際の不貞行為に止まらずマタイ伝5章27節〜29節にもあるように、

 

キリストの教えは、ユダヤ教の外面的不貞への戒め、警告よりも更に高次元でして
内面的不貞(内面的穢れ)への戒めへと、その純度を高めて
承継されて、( 分派に分派を重ねてるとはいえ )世界宗教のひとつであるキリスト教として、
いろんな国に、その教えが広まって高い精神性を伴いつつ現代にまで、その警鐘の響きが引き継がれて
鳴り続けています。

 

( ※もっとも・・これも教えの実効性という局限された視点で見てすら
イエス・キリストの崇高な思想や没我的かつ献身的振る舞い(高い道徳性)が
キリスト教国という国家レベルで、根深いエゴイズムを抑止する実効性はあったか?
と申しますと、呆れるくらい、つっこみどこ満載でして・・

 

歴史を俯瞰すると個人史レベルでは、キリスト教徒の中には
裕福で将来をも嘱望されていたのに、その生活を捨て、
貧しい人に寄り添い一生を捧げた人も少なくない・・

 

小説「塩狩峠」も実話をもとにしているそうで、見ず知らずの人を助けるために、
自らの命を投げ出した方も実際にいる・・
そういう方々が現実にいらっしゃるというのも聞き及んでますが、

 

こと国家レベルで見ると、いわゆるキリスト教国で阿漕な奴隷売買や植民地支配をしてきた歴史があるのは先にも言及したとおりです。

 

それ以外にも根深い差別主義もあります。
例を挙げれば
国家同士のイデオロギーと大義名分が対立し、対立構図が作られた背景の中で経済問題が端緒となって武力衝突に至った先の大戦(太平洋戦争)において、

 

もしキリスト教国とされてるアメリカって国がイエス・キリストの許しと差別を越えた普遍愛の思想や精神、生き方を真正に、そのまま反映した国で、そういうのが当時のアメリカ政府中枢部のコンセンサスとしてまとまっていたらハル・ノートなどを当時の日本に突き付けたりせず戦争回避に動いたはずでしょう。

 

原爆投下に軍事戦略的な面があったにしろアジア系への差別主義が全くなかったとは思えません。

 

( なおクリスチャンの方の中の、ごく一部には、科学技術も元を辿れば創造の根源である神由来のインスピレーション、祝福と恩恵がなければ発展はしない・・
ゆえに神に祝福されたからキリスト教を信奉する西欧列強は、科学技術が発展し豊かになった。
高度な科学技術を駆使し豊かになり、それらを背景にした軍事力もあったから、アメリカを始めとする連合国のキリスト教国が
ドイツ、イタリア、日本の同盟国を最終的に打ち破ったのだ‥と主張する方もいますけど )

 

アメリカを含む連合国にとって敵国のヨーロッパのドイツやイタリアではなく
日本に2発も原爆を落とした理由の大きなウェイトを占めていた背景の一つは
戦争の戦略的な面があるのは勿論でしょうが、根深いアジア系人種に対する差別が当時あったとも言われてます・・
ですので、そういうのを差し引いても・・と付け加えておきますし

 

キリスト教のことを書くと長くなるのでこれくらいにしておきますけど・・

 

 

IQ、EQともにずば抜けて高かったと言われてる
今から2500年前くらいに心の働きを微細に観察し
苦を免れるための真理を追究したインドの釈尊も
苦行は捨てたけれども人間のすべての苦悩を離れた寂静の境涯を養うために
清くて純粋であるための行動規範、指針として
性的放縦、愛欲の貪りに陥る弊害を指摘し、これを戒めています。
( 仏教の教えで在家信者が守る五戒のひとつに不邪淫戒というのがあるのは、あまりにも有名ですよね )

 

日本の神道において古来から伝承されている中臣の祓においても
農耕妨害、傷害殺人と同じく性的欲求を奔放にし享楽本位にすることを重大な罪として扱っており
そういう行為が祓いの対象になっているのは
祝詞研究を含めて、この分野を研究している方でしたら周知の事実かと思います。

 

さらにヒンズー教の源流であり世界の宗教、哲学、スピリチュアリズムにも
隠然とした影響を与えているヨーガにおいても
その流れを汲んだパタンジャリという聖者によって
八支則(はっしそく)という8つの段階を解いた基本的な教えが
紀元4〜5世紀頃、今から1500年くらい前に説かれたとされていますが

 

物欲、食欲、名誉欲、権力欲などのうわべの表面的な欲望と快楽に惑わされ
後味の悪い感覚的歓びに振り回され心を荒廃させないよう統御することが薦められていることは
この分野を学ぶ方ならご存じの事と思います。

 

自分自身を純化して自らの内奥の純粋な本質に気づき
精神性を高め心を純化していくための鍛錬を行う上での最低限の生活原則として
性を乱さずパートナー以外の異性とむやみに性的関係を持たないことが
八支則の3番目のヤマ:禁戒の項目として定められています。

 

それが内的探求をする上での大前提として据えられ
行動規範の一つになってヨーガ修行の伝統として綿々と受け継がれているんです。

 

 

さらにダメ押しをするなら

 

私がよく読んで研究していてブログでも度々取り上げているインドのヨギ聖者が執筆した本でポスト中村天風として最有力候補の一つに挙げてはいるものの、
あまりにも崇高な内容のため、段差を減らす無難なルートを模索するなど研究資料にしている本がありますが

 

そのヨギ聖者の執筆した本(シリーズ本)によると
「性欲の奴隷になることは、健康や、自己制御や、心の平安など、
幸福の条件をすべて失うことになる」。 という指摘もされてるくらいです。

 

 

この件については、ビジネス書の一つである「7つの習慣」やナポレオン・ヒル博士の著書等といった世界的自己啓発書からもアプローチできます。

 

 

私のサイトをお読みになるような向上心の強い方でしたら
スティーブン・R・コヴィー博士の「7つの習慣」も読んでいる方は多いと思います。
私も、この本は数十回読んでいまして「 7つの習慣 」から紐解くなら

 

この本の中でコヴィー博士は映画監督セシル・B・デミル氏が、氏の代表作「十戒」のなかで原則について述べた以下の言葉

 

 

 

「神の律法(原則)を破ることはできない」。
それを破ろうとすれば自分自身が破れるだけだ。

 

という言葉を敢えて引用しています。

 

 

(※´ 神 ´という言葉は、それぞれの国や文化、人によって辿ってきた道や背景がそれぞれ異なるので
非常に誤解を受けやすい言葉でして、私自身としては本音は引用したくないですけど )

 

 

 

またコヴィー博士はフランクリン・コヴィーという社名をつけてもいますが
これは、アメリカ建国の父であるベンジャミン・フランクリンから取ったともいわれています。

 

ベンジャミン・フランクリンは22歳の時に「道徳的完成に到達しよう」と発願し、
その計画を具体化するために3年かけて練りに練って
13徳(価値観、生活綱領)に、まとめあげた表を作り上げました。

 

そして、小さな手帳を作り、その生活綱領(13徳)を1ページずつ割り当て
1週間のうちに1つの生活綱領・・例えば節制などに集中するなどの工夫を凝らし
1日1日、1週間ごとの生活を正して習慣化に努めていったことでも有名です。

 

フランクリンは、その13の生活綱領(13徳)のひとつに´純潔´をあげていまして

 

これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、又は自他の平安ないし信用を傷つけるべからず。

 

という但し書きを添えて遵守に努めたと聞きます。

 

 

このようにコヴィー博士が、「 7つの習慣 」という著書で、バイブルの十戒から´原則´を引用していることや社名の謂れからも
氏が人格主義による成功の復権のための原則の一つとして
バイブルのなかの旧約の十戒のなかの´性的不道徳を避けること´
これを誠実であることを支える´原則´と捉えており前提にしていると観ることも出来るのではないかと・・

 

それ以外にも、例えば同書の中でコヴィー博士は旧約聖書の逸話のなかでも
非常に劇画的なことで有名な´ヨセフの物語´を引用して
7つの習慣における´原則´の解説を試みています。

 

旧約聖書をよく読んでいる方でしたら
兄弟たちから妬まれ疎まれ穴(井戸)に、つき落とされ死んだことにされてしまい
その後も波乱の人生を送ったイスラエル建国の父であるヤコブの末子のヨセフのことはご存じでしょう。
ざっと、ヨセフのことを述べるなら
ヨセフは、他の兄弟たちにも増して父親のヤコブに愛されていたことも理由とされていますが
それだけでなく、言動も生意気な面があったことから兄弟たちに憎まれ穴に落とされ置き去りにされています。
しかし、その後、奴隷商人に助け出され、売り飛ばされ、エジプトの高官の下僕となりますが
仕えたエジプトの高官に、その堅実な仕事ぶりが認められ、やがて財産管理を任せられる程になります。
ところがヨセフは、曾祖母に当たるサラ( アブラハムの正妻 )や祖母のリベカ( イサクの妻 )、母のラケル( ヤコブの妻 )が、いずれも容貌に優れて美人だった血脈を受け継いだせいなのか定かではないですが
大変な美青年だったこともあり( 創世記39章6節 )
下僕として仕えていた高官(主人)の妻から不適切な性的誘惑を執拗に受けるようになり、その誘惑を幾度もヨセフが退ける件(くだり)があります。(創世記39章7節〜10節)
聡明なヨセフだったら誘惑を拒絶することで使用人としての立場や仕事をするうえで
非常に困難な境遇に陥ることもわかっていたと私は推測しますが
当時、身分は最下級の奴隷でも心は気高かったということでしょう。

 

ヨセフは自らの信念と価値観を貫き執拗に誘惑してきた主人(高官)の妻を拒絶し続けたために、その妻に逆ギレされ、あらぬ罪(濡れ衣)を着せられ牢屋に落とされてしまいます。
しかし、その後、非常な不遇から不可思議な機縁で牢を出ることとなり
夢解きなどを経てエジプトの宰相になり、エジプト国内の領民だけでなく、
自分を憎み殺そうとまでした兄弟たちを含めた自身の家族をも飢饉から救ったことが
旧約聖書の創世記に書かれています。( 創世記45章 )

 

これは、´ヨセフの物語´として、バイブルを読んでない方でも、ご存じの方もいらっしゃることと思います。
この逸話からヨセフは、万学の祖と称され非常に有能で実績も抜群。
現在の学問体系にも影響する学問の分類を作り上げプラトンの弟子として
より善く生きること(徳)を説いたアリストテレスよりも
実践面で遙かに徳のある尊敬に値する人物だったということもできるでしょう。
( それぞれ生きた時代圏が違いますので並列比較は、やや無理がありますが
アリストテレスやヨセフの逸話が事実だとして、誘惑を避けるのに、どちらが難しかったかというと
 ヨセフのほうが、その当時の立場や状況を考えて、はるかに難しく厳しい・・ )

 

こういう逸話を敢えて紹介し引用していることからもコヴィー博士が
「性欲の奴隷になることは、健康や、自己制御や、心の平安など、
幸福の条件をすべて失うことになる」。 という原則を暗に示していると見ることもできますから。

 

 

7つの習慣以外にも例えば成功哲学の祖であるナポレオン・ヒル博士の著書にも

 

類似した内容のことが述べられています。

 

ヒル博士の書はHow to Sayで、弱いところがあります。
本能心の統御は、そんな簡単ではない。博士の助言では弱いとは思いますが

 

一つの指針として

 

霊性満足の価値高い目標(欲)に転化させ振り向けたり
欠点克服や霊性開発に振り向けたり
別の夢中になれる学術、芸術、創造的工作などの創造的な愉しみを見つけて
自らを没入させるほど打ち込んで悦びを味わうほうが平凡ですがよいと考えます。

 

自身の研究や国家興亡史を俯瞰しても

 

( 研究という点では、さまざまな高等宗教の宗派を超えて縦断するというのはかなりの負担と労力がかかってるわけで
私の場合はバイブルは、何の因果か十代の頃から読んでいて仏典ほかの他の聖典は二十代の頃に運命的に、とても苦しいことが続いて、やむに已まれず研究したわけですが )

 

バイブルや仏典・・インドのヨガ聖者を筆頭とした形而上の書物、世界的な自己啓発書など・・
探求すればするほど愛欲に囚われ邪欲を燃やし不倫に身を焦がすことの危うさ・・
長〜い目で不埒な誘惑に負けて動物本能の赴くまま不貞行為に走って
心を尊からざる状態に汚し、享楽本位の生活を続けた方々の生活史実を追うと
一時的には勢いがあって、よく見えるけれども因果の法則を動かして、かつ心が卑しめられ結局没落一直線・・という図式が浮き彫りになることは事実確認できます。
また国家の衰亡史を俯瞰して観ても国の中枢部が性的に乱れ爛れると、
あらゆる面で、国がおかしくなるという図式も変わりません。

 

 

さらに、言うなら

 

なぜ?WHY?現代にまで影響を及ぼしていて国や地域も違うところが発祥の宗教のなかでも世界的な宗教にまで廣まったキリスト教や仏教、儒教などの高等宗教・・日本においては神道の中臣の祓あるいは古代インダス文明にまで遡及できるヨーガの流れを汲んだヨガ哲学においても地域も時代も違うのに・・

 

ずーっと根を辿れば、まるで方位磁針が常に北を指し示すように

 

何千年も前から主に高次のインスピレーションを受けた聖哲の口を介して
性的不道徳を避けることが警告され続けてる事実があるのでしょうか?

 

歴史の中には、そういうのに無頓着で放縦な´時の権力者´と言われる方たちも歴史上にいたわけですが
そういう権力者たちによって、塩昆布みたいなことを書いてるものを不都合だとして抹消し
焼き払い焚書にできなくもないはずなのに

 

どんな人間的権力を用いても人間業では決していかんともすることができない。

 

 

 

どんな時代を経ても・・世の中が乱れて国家興亡、栄枯盛衰繰り返しても

 

警鐘の鐘として地球規模で鳴り響いてるのでしょう??

 

もちろん性というのは神聖なもので、

 

子孫繁栄とパートナーとの良い関係を保つ為の大事な要件になるのは事実ですし

 

生命生存の欲の中でも性欲というのは食欲、睡眠欲と並んで最も強力な欲望の1つになっています。
ぶしつけな言い方をするなら性欲が原動力の一つとなって世の中が動いていると言っても決して言い過ぎではない側面もあります。

 

 

しかし、この欲に振り回されその度が過ぎていくと刹那的になり
人間としての人格を貶めて魂のレベル、精神レベルも低下して

 

高度の判断力を乱し生活も乱れ幸福を乱しがちになる。

 

 

 

ごくごく稀な例外として正妻が、お家の断絶を防ぐために、それを許していて公認で、
かつ、お妾さんと正妻との仲が非常に良いなら、ダメージは少ないとも言われてますけど
そういうのは例外中の例外で

 

享楽本位にし、あちらこちらに愛人を作っていったら自分だけでとどまらず

 

血脈を継いだ子々孫々の繁栄にも、ある負の因果を刻む可能性がある。

 

その反対に、こういう人として平凡で、ごく当たり前の・・
別にユダヤ民族じゃなければ守れないという事では決してないことを
守る( 不適切で人倫に反した性的誘惑を退け実意丁寧な生活をする )だけでも

 

平凡な幸福と次世代へもバトンタッチされる形の繁栄のレールに乗っていきやすい
というのを警告するために

 

最も古い書物群のなかでも世界的な権威のあるバイブルやその他の聖典においても
方位磁針のように聖賢たちの口を介して発信されているという観方もできるのではないでしょうか?

 

 

 

人間は性的不道徳に「 溺れる選択の自由および愚行権 」も「 溺れない選択の自由 」もあるわけで

 

 

 

私もこういう記事を書く上では自分が正しいと信じることは、きっと相手にとっても正しい・・
そう思う、思い込み自体が間違いの元
ということで慎重に執筆してまして、そういうのは肝に銘じて書いてるつもりです。

 

 

そもそも、こういう指摘が、今の世相からしてメジャーになるとは到底・・決して思えませんが

 

 

それを差っ引いても

 

自らの心の深みの純なとこに尋ね長期的視野で視て歴史( 古典 )からの教訓に照らし
かつ史実や子孫へのインパクトに照らしても邪欲を燃やし享楽本位、無軌道に性を奔放化させるのを避けるほうがよい・・

 

ユダヤ教、キリスト教、仏教、儒教とか関係なく
( ※仏教、儒教、キリスト教等高等宗教とされ高度の哲学性を帯びるに至った世界宗教も
抽象化し俯瞰すると、まるで方位磁針のように戒めていますから、危ういのは予想できるでしょうし・・ )

 

世界で最も古いにもかかわらず

 

廃れることなく、いまだに語り継がれてる書物や史実、世界的自己啓発書等から学ぶなら

 

あるいは、インドの聖者中の聖者であるヨギの指摘が真理であるなら
こういうのは、みんながやってるからといった多数決( 多勢に無勢 )
あるいは、世論や社会的支持が多いからとかいった
時代の空気によって決まるものでもない。

 

潜在意識を、そのような目的に用いるべきではない。

 

危ういので避けるべき・・という考えでいます。

 

 

 

 

長い目で見て自分を真に尊び配偶者および家庭を大切にし、相手の家庭も尊重するなら

 

歴史を俯瞰した史実や原則に照らしても

 

過ちに陥るような状況を作らないように普段から努め、心を客観的に捉え
自我を支える心の要素である理性心、本能心、や自我を超えていて経験や欲望・衝動等から独立しても働き得るく霊性心(本心・良心)をよく識別し
自己保存欲求を支える食欲、睡眠欲、悲しみ、怖れ、嫉妬などの不要残留本能由来の毒汁のような不快な感情情念の整理や陶冶と併せて破滅の要素になる劣情なども
本心・良心同様に経験や欲望・衝動などから独立しても働き得る意志力( Will Power )を良心に沿わせながら働かせ整理的に、とても強い力を有している不要残留本能心由来の邪欲、邪心傾向を削って、より善く生きる心がけを怠らないようにする。

 

劣情が厄介なのは、一時的とはいえ刹那的な快楽をもたらことでして、しかし長い目では生活を乱れさせる破滅的な要素になる類のものと観照できますので瞑想や奉仕、親切などで新しい悦びの回路を作るということ。

 

私も、この分野は、まだ研究段階でして

 

ガンジーの自叙伝などを読んで、性的放縦の箇所を参照すると

 

「 汚れを意識している精神は、断食でも清められない。食事を変えても、それには
効果はない。強烈な自己点検、神への服従、それから最後に恩寵による以外、精神から情欲が根絶されることはない。」と、その著書でガンジーはコメントしており
一筋縄でいかないことは伺えます。
キリスト教哲学者で中世最大の教父と言われているアウグスチヌスも、その主張を要約すると、人間の自由意思(自由意志)は、惑いやすく恩寵によらなければならないとしていますので奇しくも、ガンジーと同一見解です。

 

 

私は、お二方と違って、(恩寵によるところが大きいというのは理解するにしろ)これを全面的に認めてしまうと恩寵頼み
ある意味、不確定要素が強すぎて偶然頼みになってしまい不公平が拡大しがち・・

 

削る努力や避ける努力は、しないといけないのでは?と考える派でして

 

その一方で世相なども大いに影響し
個人の努力だけでは限界があるのかもと考えてるわけですが

 

削る際に( 潜在意識の印象貯蔵庫のお掃除や「成功の実現」に書かれている自律神経の立て直し等によって渙発されやすくなる)心を超えたところから発祥する意志力
これは、天風哲学では本来、潜在意識の印象貯蔵庫が,、雑念妄念の温床で気を散らせ滅入らせる温床である消極的観念要素でいっぱいになり始末に負えないくらい汚れたりせず、
かつ自律神経系を調整する太陽神経叢が調子を崩さなければ

 

感覚や経験、衝動、感覚的欲望も超え、心身を統率し得る最高権力の実力がある
とされているのが、この力です。

 

 

この本来的には最高の実力がある力を駆使して努力は努力でも瞑想などで根源をりたいという欲を強めていく努力をし

 

悦びを耕すために

 

この意志の力を内的神秘探求に振り向けつつ振り切るルートにも可能性があるのではないかと考えます。

 

( 天風哲人が仰るように欲は捨てられないなら、いっそのこと、根源を知るための欲を強くし悦びを耕すことに向けるということ )

 

 

以上を享けて結論は・・

 

内面の事は、私も正直な本音、手つかずで難しいですが

 

少なくとも不貞を避けるという外面的なこと

 

これについては時代を問わず方位磁針が常に指し示す
不幸を避けるルール( 原則 )として避けたほうが良い。

 

 

相手の家庭の平凡な幸福を壊すことまで含まれてしまう
負の因果法則を動かす邪なことは未然に避けるのがよい。

 

 

「 性的不道徳を避ける 」のはユダヤ民族じゃなくってもできると思うし

 

(多数決で決まる類のものではないですが )
ヨガの聖者も、警告している。

 

なので不倫(不貞行為)に新しい刺激を求めるのではなく

 

結婚相手に向けて小さなサプライズをする等で

 

新鮮さを保ったほうが善いんじゃないか?

 

 

 

愛欲に囚われ不倫に新しい刺激を求めるくらいなら

 

その欲を足元の平凡な幸せを見つけることに囂々と燃やし
結婚相手に向けて小さなサプライズをすることで
平凡な新鮮さを忘れないことに潜在意識を用いることだって
頑張れば、できるんじゃないか・・

 

メイン・サイトは天風哲人の「成功の実現」「心に成功の炎を」等で述べられたノウハウを再構築させ新たなノウハウを加えながら習慣化に重心を置いたものでして

 

このSTEP1〜5を丁寧に、繰り返し実践継続することで
心を取り扱う意志力や生命力が高まり運が開かれ
仕事もうまくいき志(願い)が叶ったり経済的にも恵まれるようになったという報告も実際に多くいただいてはいますが

 

( あくまで瞑想を深めることに意志を向けながら世界最古の書物から学んだ私見では )
大経営者や富豪、大作家etcになって得られる喜びよりも
性的不道徳を避ける( 危うい誘惑を避ける )というのを
確り守り通し自己成長することで得られる平凡な悦びのほうが
より深い安心と高品質の新鮮な喜びを与えるのではないかと思うし
自己制御や、心の深い平安などの平凡な幸福に大きく寄与すると私は観ています。

 

 

天風哲人の口演を再現した「成功の実現」の視点からも
性的不道徳を避けたほうがよいというのを述べるなら

 

天風哲人は、「成功の実現」第4章 恬淡明朗 における表面意識の奥のお掃除( 観念要素の更改 )をメインに扱った章p102において
「心が人生を感じる感じ方でそのまま極楽にもなり、地獄にもなる」と述べています。
そして、次のようにコメントしています。

 

心に極楽を感じせしめて生きようとするには、心のなかを掃除しなければだめなんです。
クリーニングしなきゃだめなんですよ。(中略)
そうしないかぎりは、どんなに学問をしようが、どんなに幸い出世して、名誉、地位を高めてみても、
またお金ができてみても、はたから見ると幸福そうには見えるかもしれないけれども、本人自身はちっとも幸福じゃありませんよ。

 

(ここまで)

 

そうして表面意識の奥の潜在意識(心の座敷)のお手入れを熱心にするように促し感じ方を司る感応性能を立て直し
意志の力を渙発できるようにすることを奨めてますよね。

 

 

 

 

この心に極楽を感じせしめるのに重要な働きをする心の持つ「 感応性能 」という機能

 

 

不貞行為に心を燃やし淫欲の奴隷になったら、恐らくは

 

( 潜在意識が穢され )

 

感応性能の働きがおかしくなって

 

どんなに学問をしようが、どんなに幸い出世して、名誉、地位を高めてみても、
またお金ができてみても、はたから見ると幸福そうには見えるかもしれないけれども、本人自身はちっとも幸福じゃない状態に陥ると私は見ています。
( はっと我に返った時に、慚愧の念に駆られると申したらよいのか・・)

 

 

これは古代イスラエル王国第三代王ソロモンの事跡からも推定できます。

 

日本人の統計からバイブルを通しで、何十回も読むほうが珍しいと思うので、

 

一般的に膾炙されているソロモンの事跡をバイブルの視点を併せて紹介しますと

 

 

ソロモンは生まれながらに王でして不自由なことは何一つない身分で生を享けました。

 

それだけに止まらず´ソロモンの知恵´という言葉が歴史的に流布しているくらい
「知恵の王」と称賛され賢明な判断力を有していたという記録も残っています。

 

そのことを裏付けるように国の大経営者として通商貿易振興に手腕を振るい経済を発展させ
首都のエルサレムに父ダビデの悲願であった神殿や宮殿建設も行いました。
いわゆる「ソロモンの栄華」と呼ばれる大繁栄を成し遂げたことで有名です。
更にはソロモンの雅歌を遺すなど大作詞家としても卓越した才能がありました。

 

 

 

歴史上の人物の中で、これほど財や才に恵まれて生まれて
実際に、その卓越した才能を発揮し大経営者として国を繁栄させ栄華を誇り
多くの家臣から、かしずかれ崇められ支配欲求も満たし
大作家としても名前を遺した方は稀有でしょう。

 

まさに天風哲人が、指摘する

 

学問にも卓越し出世もし名誉、地位も申し分ない
またお金も唸るほどだったでしょう。王様ですから。

 

 

しかし、そのソロモン王は、たった一つのこと

 

すなわち

 

 

「 性的不道徳を避ける 」という原則を守れませんでした。

 

諸国の王や貴族の娘を700人も妻にし
側室を300人も集め淪落したとされています。(列王記11章3節から引用)

 

その結果

 

その生涯を悔いるかのように

 

晩年に「 なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい 」と慨嘆しています。

 

コヘレトの言葉(伝道の書) 1章1〜2節
( ※近年の研究では、コへレトの言葉は、ソロモン執筆ではないという異説もありますが
ソロモン作というのが主流です。なぜならコヘレトの言葉の冒頭に、エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。とバイブルに明記されています )

 

以上のことから

 

不倫などで性的奴隷になることは感応性能を損ねるということ

 

 

 

 

また

 

 

大経営者、大作家になる喜びより

 

性的不道徳を避ける( 危うい誘惑を避ける )というのを心がけ
守り通し自己成長軌道に乗せることで得られる喜びのほうが深い安心や喜びを与えるというのも
あながち絵空事として無視できない・・ある程度までは推測可能と言えるのではないでしょうか?

 

 

これらのことから、ごく普通の一般人でも積極的な意味で、性的不道徳を避けるほうがよいというのが浮かび上がってきますし

 

 

すでに性的奴隷状態に陥ってるなら、自分自身のためにも、あるいは
血脈を受けた子孫への負(不幸 )の連鎖の鎖を少しでも緩めるためにも
幾ばくか痛みを伴っても様々なやり方で外面的な清算だけでなく
今後は、誘惑に陥らない生活を心がける。
可能なら内面的にも・・少しずつでもよいので清算して心を尊く保つことに欲を向け心を燃やすことが妥当ではないかと私は考えます。