誦句を習慣化する一方法

 

誦句を染入れ習慣化するということでは・・例えば

 

この誦句は、リズムもよくて私も大好きな誦句なので掲示しますが

 

 

( 以下引用 )

 

今日一日

 

怒らず 恐れず 悲しまず、

 

正直 親切 愉快に、

 

力と 勇気と 信念とをもつて

 

自己の人生に対する責務を果たし、

 

恒に平和と愛とを失わざる

 

立派な人間として活きることを、

 

自分自身の厳かな誓とする。

 

 

( ここまで )

 

 

 

この誦句を行動の指針・・日々の生活指針にしたいなら

 

視覚脳などバランスよく感覚器官を啓発する一方法などで

 

背骨に沁み入れ言葉の余韻を味わい、自身の生活空間に当て嵌め

 

 

生活シーンとして、この誦句のごとく振舞ってる未来の姿を
脳裏にありあり映像化し実感する機会を増やすと
左右脳も活性化して、なおよいと思われます。

 

 

 

この誦句に深く思いを巡らせ、心を耕した上で1日を過ごして

 

 

 

1日の活動の締めくくりに計画を練る時間の中で

 

 

少し時間を割いて1日の印象的な出来事を中心に自分の思考( 思念 )や行動、願い、想像、言葉、感情を
内省的かつ観想的に振り返って、過ぎた欲望を抱いて愚かなことを考えたり
くだらないことにカーッと怒ったり、びくびく恐れたり、達観できず悲しみを引き摺ったりしなかったか?点検する。

 

そうして

 

誦句に照らして、よくやれたことは素直にしみじみ喜ぶようにし

 

 

さらに

 

よくやれなかったことや不足してたことも自分自身を裁いたり責めたりせず

 

淡々、中立、公正に第三者的に観想し

 

よりよくするシュミレーションをしていくことです。

 

連想暗示の重要性&メディア対策&書く瞑想による精神調整

 

の記事にも、基本的な事を書いていますので参考にしてください。

 

 

 

 

例えば上記の誦句のなかの

 

 

「 恐れない 」「 怒らない 」「 悲しまない 」ということ

 

 

この項目について

 

人によって潜在意識のなかの思わせることの観念要素が違っていますので

 

「 恐れない 」

 

ということは、人それぞれの状況や立場に応じて千差万別です。

 

日々の生活空間の範囲の中で

 

我が身にとって、「 恐れない 」というのは、どういう意味合いを持つのか?

 

 

そもそも、私は、どういう思考パターンが条件反射的に埋まっていて

 

この言葉に心が触れたときに、どういう連想が、反射的に心内に湧き生じるか?

 

というのは

 

各人各様の置かれてる状況や心の傾向性によって微妙に違うでしょう。

 

恐怖心っていうのは人を苦痛から守るために
天が与えてくださった警報装置という見方も出来ますけど

 

それを過剰防衛的に発動させたり誤用したら碌なことないですよね。

 

ですけど、いったん神経過敏に陥ると、

 

そこから立て直すのは方法知らなかったら恐ろしく難しい・・

 

口で言うほど簡単ではないわけですけど

 

 

そういうケースでも

 

 

「 観念要素の更改 」を熱心に行い

 

肉眼の目にも心の眼にも見えない・・
感じたり思ったり考えたりするとこよりも、もいっちょ上

 

ブザーや鉦などの音を用いて無心の境涯に達入させる行である安定打坐法などで
´思わない考えない、、否定も肯定も超えた領域´にフィッと心を入れて休ませることを恬淡と続けてたら

 

 

ハッとさせられる瞬間が増えて自我( 自分 )と純粋自己( SELF )の違いも分かるようになって行くと思います。

 

 

 

 

そういう経緯で知るようになった純粋自己( 「 成功の実現 6章参照 )と向き合い、静かに自問して

 

 

例えば

 

 

 

 

 

 

 今後の仕事や生活で予想される、具体的な場面において

 

 どういう場面で心が反応的になって恐れ、怒りを感じるかなぁ・・

 

 

 

と問いかけ思いながら

 

 

 

 現在の生活において、これまでの流れで、今後において想定される生活の展開のなかで

 

 取り乱してしまったり、恐れや怒りを感じることが漠然と予想される場面( 状況 )をひとつ選んで俯瞰し

 

 

 

そのシチュエーションを眉間を涼しくしクンバハカにしリラックスして
心のなかで想像力を応用して意志の力で方向づけて心の銀幕( メンタル・スクリーン )に描いて

 

肩の力を抜き肛門を締め臍下に気を鎮めて

 

怖れて緊張してしまうことが予想される場面でも

 

刺激と反応の間のスペースにおける

 

選択の自由を発揮して

 

 

 

 恐れないで

 

 

心身統一して生命全体として活かし落ち着いて振舞ってる
晴れ晴れしい姿を・・実際のリアルの現実でできる出来ないは問わず心の仮想空間の銀幕内には、よくやれてる姿を描いてシュミレーションするということ。

 

( 就寝前とかに )味わって、こういうかたちで言葉をピックアップし
意志の力を用いて積極的な一念一念をじっくり心内で確認して

 

どうせ蒔くなら心内に埋まった脚本( 台本 )を修正し得る
よい思い( 連想 )を条件づける種を、とにかく数多く積極的なものを撒いていく・・

 

 

こういう小さな心的トレーニングを施して体の脳神経および末端神経ネットワークとつなげる形で施して
条件づけ縁づけて善い連想の種を蒔くということは地に足が着いていて誰でも出来ますよね。

 

裁いたり責めたりしない・・シュミレーションも地に足を付けた現実的で具体的なものというのがコツ

 

 

そういう反応的( 怒りや恐れを発動し消極的に )なりやすいシチュエーション下でも

 

刺激と反応の間のスペースの選択の自由を思って

 

「 怒らない 」「 悲しまない 」も同じような感じでやって

 

その際に体で干渉させて、気を臍下の丹田に鎮めてトレーニングしてやるとよい。

 

 

 

「正直、親切、愉快 」というフレーズについても
一つ一つの言葉を気を散らさず、じっくりその言葉に向き合い
その暗示の言葉が働き、そういう尊い心的性質が発動し

 

その一念で現実的な形で自然体で振舞ってる姿を
今後の展開で予想されるような具体的場面を、ありあり描き

 

気持ちを集中させ、そういう心内操作を心の銀幕内で施す。

 

例えば「 親切(深切) 」という言葉も自分自身の具体的な生活空間の中で
この尊い心的性質が強く発動したらどうなる?と静かに自問自答したり

 

どういうことが自分にとって「 親切 」なのかなぁ・・とか思いながら現状の生活から

 

今の生活でなかなか親切になれないことが想定される生活シーンをひとつ選んで

 

真心からの親切が発動するとは自分にとってどういう意味なのかを深く・・
幾度も思いを巡らせるようにし

 

その生活シーンを心のなかで想像力を応用して
その一念で恬淡と振舞ってる姿を眉間を涼しくし
クンバハカで氣が出た心の銀幕( メンタルスクリーン )に生々しく描いてやる。

 

「 無垢なとこを動機にして親切に振舞っている理想の姿と振舞い、行動 」を淡々と身体全体で想像し味わって前もって観想し
遊び感覚で条件付けしていく。

 

「 勇氣(度胸) 」や「 信念 」も明確にして、この一つの言葉に集中することで
このような心の状態が開発され高められるように・・具体的場面で、そう振舞ってる姿に集中し、よい種を撒く。

 

※信念という言霊についてはSTEP2の暗示を施して
心の働かせ方が´信念強い´というほうに強化してる方でしたら
この言葉にリアリティを感じ馴染み易い感覚を覚える方も出てくるはず。

 

 

もちろん、この方法をしたからと言って、直接的になにか得られるものもなく
「 隠し隔てできない思いまどう自我(低我) 」と
真っ向から向き合いつつ行わないといけないので意外に辛いし、なんて浅ましいと思い
呆れたり痛みを伴う場合もあります。
( 私が、内観の行だけをして、そうだったから、あなたもそうとは限らないけど・・厳しい内観の行とかした方ならわかるかもしれない。
もしかしたら、あなたは違うかもしれませんが、´内観の行´だけだったら自身の身勝手さや浅ましさ、くず加減・・利己主義の根深さに、やり切れなくなる・・
対極に位置する性質に気を込めて大らかさを養いつつ集中するステップがないと・・ )

 

それに地味なトレーニングではありますが

 

好ましい心の状態( 正直、親切、愉快、力、勇気、信念、 平和、愛 )のほうに氣を注いで、このように振舞ってお役に立ってる姿を強く想像し、よい連想の種を撒く

 

本人を苦しめる好ましくない心の性質を削いで

 

それと対極の性質に目を向け集中し

 

悪い結果を生活にもたらす潜在意識に埋まった、これまでの悪い脚本を

 

良い結果をもたらす尊い心の性質に気を込め、善い思いの種を植えることで
悪い脚本、条件付けを反古にし解毒し枯れさせ振り切っていく。

 

そういう心内操作を1日を振り返りながら心内の仮想空間で地道に、よい種を撒き続けて日課にし習慣化に努めてると
潜在意識も積極に耕され台本( シナリオ )が、よき縁、好運をもたらす方向にシフトし変わっていきます。

 

こういう基本的な事を遊び心を伴わせてやっていったら我欲が弱められ削られ
善い面に転嫁しつつ本来備わった尊い善いものが
人格に練り込まれ手ごたえは出やすいかもしれません。

 

 

 

 

この理論っていうのは、例えば

 

 

たこ星人を気にしないでください!
注目したり想像しないで!!って言われたら

 

 

思うまいと思ったって以下の画像のような「 たこ星人 」が

 

あなたの心の銀幕にふわっと思い浮かんで引き摺られてしまいますよね。(;^_^A

 

 

 

 

 

 

 

 

それと同じで

 

・ビクビク恐れないようにしよう・・

 

 

・イライラぷんぷん怒らないようにしよう・・

 

( 失敗を )恐れないようにしよう

 

・メソメソ悲しまないようにしよう

 

 

・憎まないようにしよう

 

・妬まないようにしょう

 

・悪口を言わないようにしよう
(言われても言い返さないようにしよう)

 

・虐められないようにしよう

 

・これからのことを悪く想像し悲観し不安に囚われないようにしよう

 

・取り越し苦労しないようにしよう

 

というの´だけ´ですと、そちらが気になって

 

そういう連想が心の銀幕に浮かび、そちらに気が向き、そちらを心に描きやすい

 

勢いづいていかない・・よい脚本も耕されないし

 

別の新しい人生のイメージも勇気も出てこないですよね。

 

 ですから、あなたが、こうありたくないというのと対極の
尊く望ましい性質のほうに´気´を向けエネルギーを注ぐようにし

 

宇宙のエレベーションに沿わせて

 

強めたいと心底強く望み開発したい・・好ましい積極的な情動の性質のほうに
強く注目、気( 意志力 )を向け集中して
言霊で、明るく生き生きした連想の素材を心内に撒いて耕し、そう働くように方向付けてやればよい。

 

よき性質のほうのバイブレーションを上げてパワフルにし、よい連想の種を撒いて
それとは対極の低劣なものを振り切る心内操作を施して、善い脚本を作ってやることを愉しんで行っていけばよい
という寸法になります。

 

 

結局その方法もいたってシンプルでして

 

現在ではスーパーコンピュータを凌ぐような性能を示す量子プロセッサーが開発され実証実験が繰り返されてる時代において
もうローテク以外の何ものでもないですが・・・

 

積極的でパワフルなフレーズを気を込めてじっくり味わうように読んで<できれば>具体的で身近な・・想定される場面で、あたかもそのごとく望む形で振舞って周りも喜んでいる姿を心の銀幕にありあり映像化し、ひつこく繰り返し

 

新たな制御された連想として植え付けるためのものとして咀嚼し直せばよい
 ※深いとこに埋まった人生の台本変えるのだって、暗示感受習性の高まった時とかに氣を打ち込んだ単純反復と淡々としたフィードバックで、少しずつ変わってくるんです。パターン化されたものが・・

 

それで備わってる人格の積極的内面化も自己陶冶も少しずつ達成できる可能性があるということになります。

 

 

こういう日常の地に足の着いた素朴な訓練も、サラっと書いてるけど再現性があるものとして提示するのに
私としては自身が悩んできたので相当に苦労したんだけど・・
曲がりなりにもやってけば、相当に役立つはずです。

 

相当な朗報だと思いませんか?